ジチテン

統治行為

読み:とうちこうい

別名:政治問題
意味

統治行為とは、国家統治の基本に関する高度に政治性のある国家行為であって、法律上の争訟として裁判所による法的判断が可能であっても、その性質上、司法審査の対象から除外されると解される行為をいう。

条約の締結や衆議院の解散のように、国の政治の根幹にかかわる判断の是非を、裁判所が法律論で覆してよいのか。統治行為論は、こうした高度の政治性を帯びた行為について、たとえ違法を主張する訴えが法律上の争訟の要件を満たしても、司法審査は及ばないとする考え方である。根拠としては、政治部門の判断は最終的に国民の政治的判断に委ねるべきだとする自制説と、権力分立から司法権に内在する限界とみる内在的制約説が説かれる。最高裁は衆議院の解散(苫米地事件)について、直接国家統治の基本に関する高度に政治性のある国家行為は裁判所の審査権の外にあるとした。日米安全保障条約をめぐる砂川事件では、一見極めて明白に違憲無効と認められない限り司法審査の範囲外とする限定的な立場を示している。自治体実務で直面する場面はまれだが、行政事件訴訟の限界を理解するうえで前提となる概念である。

学説上の根拠と最高裁の立場

統治行為が司法審査から除かれる理由づけには大きく2つの系統がある。自制説は、高度に政治的な行為の当否は主権者たる国民の政治的批判に委ねるのが妥当であり、裁判所は審査を自制すべきだとする。内在的制約説は、権力分立の原理から、政治的責任を負わない裁判所の権限には性質上の限界があるとみる。最高裁は衆議院の解散の効力が争われた苫米地事件(昭和35年)で、直接国家統治の基本に関する高度に政治性のある国家行為は裁判所の審査権の外にあると判示し、統治行為の観念を正面から認めた。一方、砂川事件(昭和34年)では日米安全保障条約について、一見極めて明白に違憲無効と認められない限りは司法審査の範囲外とする限定的な枠組みを示し、無条件に審査を排除したわけではない。

司法権の限界における位置づけ

統治行為は、法律上の争訟に当たるにもかかわらず司法審査が及ばない「司法権の限界」の一場面である。司法権は法律上の争訟を裁く作用であるが、その範囲内であっても、議院の自律権に属する事項、団体の内部規律にとどまる部分社会の法理が及ぶ事項、そして統治行為については、裁判所が判断を控える領域とされる。これらはいずれも、紛争が法的判断になじむか否か(法律上の争訟性)の問題とは区別される、審査権を行使すべきでない事項として論じられる。行政事件訴訟においても、処分性原告適格などの訴訟要件を満たしてなお、対象が統治行為に当たれば本案判断に入らず訴えは退けられることになる。

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