ジチテン

東日本大震災

読み:ひがしにほんだいしんさい

別名:3.11別名:東北地方太平洋沖地震
意味

東日本大震災とは、2011年3月11日に発生したマグニチュード9.0の東北地方太平洋沖地震と、それに伴う巨大津波・原子力災害による一連の災害をいう。災害緊急事態の布告は出されなかったが、復興庁の設置や各種特別法の制定の契機となった戦後最大規模の複合災害である。

防災・復興制度を読み解くと、根拠や運用が「東日本大震災を機に作られた/変えられた」と書かれている条文に繰り返し行き当たる。死者・行方不明者は2万人を超え、津波による広域の壊滅と東京電力福島第一原子力発電所の事故が重なった点で、それまでの地震災害とは被害の様相が異なった。この規模に既存の制度が追いつかず、復興庁設置法や復興交付金津波防災地域づくり法など、震災後に新設・拡充された仕組みが現在の防災・復興行政の骨格を成している。原子力災害については原子力災害対策特別措置法の運用が問い直され、長期の避難指示と帰還をめぐる枠組みが整えられた。自治体実務では、被害認定や災害関連死の認定、被災者台帳の運用など、その後の災害対応の標準となった手法の多くがこの震災を出発点としている。

復興行政の枠組みを作り替えた災害

東日本大震災は、それまで個別法の積み重ねで対応してきた災害復興の枠組みを、専門の体制へと組み替える契機になった。2011年12月に復興庁設置法(平成23年法律第125号)が成立し、翌2012年2月に内閣総理大臣を長とする復興庁が時限的に設置された。財源面では、各省の縦割りを越えて被災自治体が事業を束ねられる復興交付金が創設され、復興特別会計と復興特別税により長期の財源が確保された。被災市街地の再建には被災市街地復興特別措置法復興整備計画の枠組みが用いられ、高台移転や区画整理が大規模に進められた。これらは平時の災害復旧公共土木施設災害復旧事業費国庫負担法など)では扱いきれない規模・期間の復興を支える仕組みとして整えられたものである。

津波・原子力災害が残した制度上の論点

この震災は、津波と原子力災害という二つの領域で制度の見直しを促した。津波については、防潮堤に頼る「防災」だけでは想定を超える津波を防げないとの反省から、避難を前提に土地利用を規制する津波防災地域づくり法が2011年に制定され、津波災害警戒区域の指定や推進計画の枠組みが設けられた。原子力災害では、原子力災害対策特別措置法に基づく対応が長期化し、避難指示区域の設定・解除や除染、住民の帰還支援が長く続いた。実務面で残った論点として、避難生活の負担による災害関連死の認定、市町村域を越える広域避難の調整、被災者台帳による継続的な支援管理などがあり、いずれも後続の災害(熊本地震・能登半島地震など)の対応に引き継がれている。

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